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「痛みからポップな私へ」 老成のアーティスト 家入レオ [新聞記事 芸能]

先日、人生相談を読んでいたら、退職した夫が毎日2時間かけて新聞を読む、と奥様が投稿されていました。

相談内容はそのことではないのですが(笑)
新聞を、時間を掛けてじっくり読む、こういう日常はこれからも残ってほしいなと思いました。
わたしも最初は経済面くらいまでだったのですが、今では社会面やくらし、文化など、人生相談は毎日目を通すようになって、アイドルの話にも奥が深いと感心しています。

そういう中で見つけた、「家入レオ」の記事。
名前は知っている程度でしたが、独特な表情の写真に引き込まれて記事を読みました。

家入レオ.jpg

引用元:家入レオ

冒頭も変わっていて次のように記載されています。
「痛みを叫ぶアーティスト」から「ポップな私」へ。(読売新聞2月23日夕刊)
興味を引く書きだしです(笑)

17歳でデビューして現在に至る5年間のベストアルバムを発表したということです。

「チョコレート」という曲、聞いてみました。
You tube:チョコレート

以下は読売新聞の記事からです。

【引用】
昨年11月に配信で発表した「それぞれの明日へ」からデビューシングル「サブリナ」まで、全てのシングル曲とドラマなどのタイアップ曲を収録。「どの曲も精いっぱい歌い、出さなきゃよかったと思う曲がなかった。幸せだった」と振り返る。曲順も、新しい曲から古い曲へと、発表順を遡る形にした。「『サブリナ』がなければ2枚目の『Shine』はなかったし、バトンを渡しながら次の曲を作ってきた。自分の中では(時系列を)切り離すことはできない」と語る。

ひずんだギターを背景に「今夜も空虚な気持ちを抱えておちていく」ととがった声で歌う「サブリナ」から、「ひとりじゃない、ただそれだけで、こんなにも強くなれる」と聴く人を元気づける王道ポップソング「それぞれの明日へ」と、作風は大幅に変化した。デビュー時は高校生。大人の女性に成長する過程で、音楽への向き合い方が変化していった、という。「苦しいとか傷つくとか、誰のためでもなく自分のために歌っていた。でもファンから『気持ちを代弁してくれてありがとう』と言われ、3分かそこらの曲で人と心を通わせられるのはすごいと思った。自分に向いた曲ばかり書くのはむなしくなった」

シンガー・ソングライターとして世に出たが、最近は作曲を他人に任せることも多い。歌唱、作詞、作曲全てで100点満点が当たり前の厳しい世界を生きる中、「いい作品を出すためには、自作曲にこだわる必要はない」と思うようになり、力の配分を変えた。もちろん、曲作りは続けている。

かつて痛みを歌った少女は今、「痛みだけでなく、喜怒哀楽すべて激しい。ポップな私でいたい」と宣言。王道のJ—POPであることを恐れなくなったという。「好きなことだけやって支持されるなんてあり得ない。『時代が自分に追いつく』こともない。多くの人に聴いてもらいたいなら聴いてもらえる曲を作らなければ。いいんです。真ん中で」

年齢の割に、随分と老成した印象を受ける。「私が失敗する時って、タイミングにあらがった時。遠回りしたり、やらずにおいたりすると悲惨なことになる。毎日一生懸命やっていれば、おのずと見えてくる」。哲学の先生みたいだと伝えると「やだー、それやだー」と、22歳らしい笑顔を見せた。4月30日、初の日本武道館公演。
読売新聞2月23日夕刊 

読売新聞の鶴田裕介という記者が取材して書かれた記事ですが、初めての「家入レオ」は若いのに玄人と言いますか、「老成」という表現がぴったりでした。

「毎日一生懸命」という生き方、尖っていても突っ張っていてもいい、それが若者らしく清々しいと感じるのは、真剣に何かを求めてきたからかな、と思いました。
話す言葉の一つひとつが、なぜかわたしにも突き刺さり、シェアしたいと思った記事でした。


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