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「道」としてのチャンス 西郷さんの言葉 [西郷南洲翁遺訓]

三十八 チャンスの意味

世間の人がたまたま成功のきっかけを得ると「チャンスをつかんだ!」と、まるで天に認められたかのような、何か手柄を立てたかのような口ぶりで唱えます。

しかし、どうにも、単なるマグレ当たりの場合が多いようです。そんなものは、人の道にあっては自慢にもなりません。

「チャンスをつかむ」の本当の意味とは、おのれの努力の積み重ねが徐々に形となっていき、ついには機が熟して、成功のきっかけとなることを指すのです。
物事のつながりや段取りを常によくよく考えて、情勢を見極め、未来に移り変わっていく様を類推する。そうして、「今このように頑張っておけば、いつかはこうした成果に結びつくだろう」という考えのもとで、すぐには結果が出ない努力でも、怠らずにこつこつと進めていくのです。
その努力が、積もり積もってついには、大きな成果に結びつく。
チャンスをつかむとは、そうしたことを言うのです。

天下国家の未来や民の暮らしについて、ふだん考えたこともないような人間。世の中への誠意など持たぬ、私利私欲だけの人間。そんな人間が、たまたまヒョンなきっかけを得て時流に乗って、富や名声を得る場合もあります。
彼は「俺はチャンスを見事に生かしたのだ」と、鼻高々となるであろう。自分を、成功者と位置づけて、傲慢に振る舞うであろう。
だが、そんな者のやった仕事などは、しょせんは“一時的のもの”なのです。ほんの一瞬だけ世間からチヤホヤされるか知れぬが、結局は長続きしません。
人々から長く愛され、尊ばれることは絶対にないのです。
そんな仕事は、虚しさしか残らぬのです。

マグレ当たりのチャンスを得て喜ぶのは、道ではありません。
常日ごろから世の中についてよく考え、自分だけでなく人々の幸福を願って、出来ることは厭わず何でも努力する。そうした日々の積み重ねが、後世語り継がれる真の成功を導くのです。
長尾剛著 西郷南洲翁遺訓182~184ページ

――――――――――

今年も一年ご愛読いただきありがとうございました。
拙いブログですが、今後も時事など堅い話に終始しますことをご了承くださいませ。

西郷さんが言われるように、チャンスとは日々の積み重ねの上に機が熟して成功のきっかけをつかむことです。
それも国家の行方を左右した「チャンス」でした。
西郷さんにとってはチャンスをつかむことも「道」だったのだと思います。
こういうところも武士道を見るような気がしますね。

わたしが行動基準として指針にしていた言葉があります。
・自分にチャンスを与えるとは?どんな時も勇気を奮い起こしやるべき事に取り掛かる事
・いつも心を開いて楽しくて幸せな方法で常に少し上にチャレンジしていく
二つとも、女性起業家の言葉なのですが、残念ながら10年以上も前に読んだ本の言葉なので、誰の言葉かどの著書の引用かははっきりとしません。

今でも素敵な言葉だな、と思います。

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(。・_・。)2k

今年1年ありがとうございました
佳き新年をお迎えください
新年もよろしくお願いいたします

by (。・_・。)2k (2016-12-31 23:02) 

いっぷく

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
by いっぷく (2017-01-02 21:28) 

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